西部湯瓜のshow論文

場末の劇場へようこそ

"自分たちのサッカー"待望論

今、日本代表が弱い。衰退期に突入し、出口が見えない。試合は面白みに欠け、勝っても負けてもつまらない。閉塞感だけが漂っている。

2010年南アフリカW杯を終えてからの4年間はこうではなかった。強かったし、試合内容が面白かった。そして見える未来は明るかった。一体なぜ今の日本代表は、こんなにもつまらなくなったのだろうか?

もちろん、遠藤保仁の不選出や強豪国とのマッチメイク不足、あるいは監督のミスマッチ及び能力不足、かつての長友や本田、内田のような、名のあるクラブに移籍する若手選手が育っていない、といった問題は、要因として大きな割合を占めるだろう。

しかし、根本的な問題はおそらく別にある。その問題とは”自分たちのサッカー”を捨てたことだ。

”自分たちのサッカー”とは、攻撃的なパスサッカーのこと。強豪国を相手にしても怖れることなくディフェンスラインを高く保ち、ポゼッションを取りにいく、観ていて気持ちのいいスリリングなサッカーのことである。(*1)まずは日本代表のこれまでのサッカーを簡単に振り返ろう。

2010年W杯南アフリカ大会のとき、戦力的に弱かった日本代表を勝たせるために、岡田武史監督は応急処置的に守備的な戦い方を選択した。自陣に引き下がってブロックを敷き、とにかく失点を避ける。そしてチャンスがあればカウンターを狙うサッカーだ。正直、面白みに欠ける弱小国にありがちなサッカーだった。それでも、当時はそれが最善の答えだった。事実、日本代表は計算通りに予選を突破し、岡田監督は英断を証明した。

肝心なのはここからだ。4年に1度の大舞台で選手たちは大きく成長し、W杯を終えて、勢いそのままに彼らの成長速度は加速する。内田はシャルケで活躍し、長友はFC東京からチェゼーナ、そしてインテルへと移籍を重ねた。新10番・香川真司も台頭し、本田もエアオファーが絶えず、最終的にはミランへ移籍した。他の選手については割愛するが、ともかく日本代表は戦力が大幅に向上した。史上最強の日本代表は、ザッケローニ監督とともに攻撃的なパスサッカー、すなわち”自分たちのサッカー”を4年かけて磨き上げた。この方向性は正しかったと言える。それは2010-14年の4年間のザックジャパンの功績を見れば明らかだろう。たった一つ、2014年W杯ブラジル大会を除いては。

ここで名波浩の重要な提言を引用したい。以下は、2010年W杯の後に放送されたサッカー番組やべっちFCでの名波浩が発した提言だ。(あくまで記憶に基づくもので、正確な文字起こしではないことをご留意頂きたい。)

南アフリカ大会はこれでよかったと思う。ただ、次は、ブラジル大会では日本らしいパスサッカーを魅せてほしいですね。攻撃的なサッカーをやって1次予選で敗退したって構わない。それは日本サッカーの成長の過程ですから」

また、本田圭佑の言葉も時系列で引用したい。

「内容はともかく勝ちにこだわって、そういうやり方(=守備的な戦い方)でここまで来た。次は欲を出して、もっと攻めに行く姿勢を世界に見せる番じゃないかなと思っている」(2010年W杯、パラグアイ戦で負けた後)

「やられたからって次は引いて守ろうかというのはナンセンス。僕らはこれが正しいと思っている。このやり方を貫く。その信念を曲げずにやっていく」(2013年8月、ウルグアイ戦で負けた後)

「自分たちの方向性は間違っていない。セルビアに対してもベラルーシに対しても、90分間自分たちのサッカーを貫いていたのは1つの進歩だと思う。ここで僕らがブレるようなことがあれば、それが一番ダメなことだと僕は思いますね」(2013年10月、ベラルーシ戦で負けた後)

まさに名波が言った通りになった。日本代表は皆が一つの方向を向いて、2014年W杯を戦った。そして敗れた。しかし、名波が言ったように、予選で敗退して構わないのだ。それなのに、予選敗退という結果を短期的な視点でしか見ず、”自分たちのサッカー”という長期的な思想を軽んじ、付け焼き刃的に選出した監督(=アギーレとハリルホジッチ)に戦術を全て任せた結果、海外で流行りの堅守速攻型のサッカーの真似事をするに至った。本来やらなければいけなかったのは、やる予定だったのは、”自分たちのサッカー”の追及だったはず。

昨日今日の曖昧な志向で展開されるハリルホジッチのサッカーが、ザッケローニ時代の強い思想で貫かれたサッカーより面白くないのは、当たり前の話だ。

最後に一つ。2014年W杯ブラジル大会で日本は”自分たちのサッカー”を貫いて、負けた訳ではない。”自分たちのサッカー”を貫くことができずに負けたのだ。このことについてはまたいずれエントリを書くつもりだ。そのエントリでは2014年W杯の最後の試合・コロンビア戦後の本田の言葉にも触れたい。そして日本代表サッカーについてだけではなく、戦後日本の政治経済にも跨った幅のある内容にするつもりだ。タイトルは『日本サッカーと敗戦後の日本国に求められること』(仮)としておこう。

 

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*1…2013年コンフェデレーションズ杯・イタリア戦が好例。