西部湯瓜のshow論文

考えたことのメモなど

お正月の正体

正月とは何か?

この問いに答えられる日本人がどれだけいるだろうか。多くの日本人は正月がやって来たら、何となくしめ縄を飾り、何となくおせち料理を食べ、何となく鏡餅を飾っていることだと思う。若い世代に目を向けると、その習慣さえ無くなってきた。伝統が廃れつつある今だからこそ、正月の意味に光を当てる必要があるように思う。

結論から言おう。正月とは「古代日本人の蛇信仰」である。

欧米では蛇はネガティブなイメージを持たれている。そう言えば、旧約聖書において、アダムとイブに禁断の果実を食べるよう焚き付けたのも蛇だった。しかし、古代日本では違う。蛇はポジティブに捉えられていた。むしろ神格化され、信仰の対象になっていたのだ。

では、なぜ蛇が神格化されたのだろう?その理由は蛇の生態にある。
蛇の生態で有名なものと言えば、まず脱皮があげられる。蛇は脱皮すると、まるで死から蘇ったかのように強くなる。これは再生のイメージを想起させる。それゆえ、蛇は「延命」の象徴となった。
次に、交尾も有名だ。蛇の交尾は生物の中でも特に情熱的で、なんと24時間を超えるとも言われる。この特徴から蛇は「豊穣」のシンボルとして崇められた。
蛇は、その生態から古代日本において、人々の信仰の対象になったわけだ。

さて、正月の話に入ろう。

まずは門松のこと。日本の慣習では、人間は死ぬと神様になると考えられる。死んだ人間は、祖霊(先祖の霊のこと)となり、そしてお正月には年神となって、家に帰って来るとされている。「ご先祖様が迷わずお家へ帰れるように」と言って家の前に目印として飾るのが、門松だ。このとき、家に帰ってくる年神の姿そのものが、実は蛇で表されていた。

鏡餅のこと。古代日本人の蛇信仰の中で、蛇の目も信仰の対象だった。蛇の目と書いて、「蛇目」(カガメ)と呼ぶ(古代日本では蛇を「カガ」と呼んでいた)。この「カガメ」が訛って、「カガミ」となった。カガミを漢字にすると「蛇身」。そう、蛇の身体という意味だ。だからカガミモチとは、蛇身餅のことなのだ。鏡餅の絵を頭に思い浮かべてみてほしい。雪だるまのように二段になっていてる、あの形を思い出してほしい。とぐろを巻いた蛇の姿にそっくりだろう。つまり、鏡餅は年神への供え物ではなく、年神そのものなのだ。

まだまだある。

正装のこと。日本人は元旦に正装して挨拶するが、普段着ているものを脱いで、新しい着物を着るのは、脱皮のメタファーだ。

しめ縄のこと。しめ縄は蛇の交尾のシーンを形どったものだ。

小餅のこと。正月によく食べる小餅は蛇の卵の喩えだ。

以上のように、お正月の正体とは古代日本人の蛇信仰だったのだ。

お正月は、人々に年月の経過をお知らせしてくるプッシュ通知のようなもの。嫌でも加齢について意識が及んでしまう。「今年もまたひとつ年齢を重ねるのか」と思うと、どうしてもネガティブな気持ちになりがちだ。そんな時に鏡餅を飾ったり、正装をしたり、小餅を食べたりして、蛇を崇めることによって延命を引き寄せよう。脱皮にあやかって、命を伸ばそう。ついでに情熱的な交尾にあやかって豊穣も願おう。というのが、お正月の正体だ。

参考文献:吉野裕子(1999)『蛇』(講談社学術文庫講談社

 

蛇 (講談社学術文庫)

蛇 (講談社学術文庫)

 

 

追記:お正月について一つだけ納得いかない点がある。それは門松のこと。お正月に皆が門松を家の前に飾ったら、そこら中が門松だらけになるわけで、ご先祖様が自分の家を見つける目印にはならないと思う。

 

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