西部湯瓜のshow論文

考えたことのメモなど

「服のコピーサービス」待望論

 服は難しい。購入前にどれだけ比較検討しようが、レビューを見ようが、はたまた店頭まで出掛けて試着しようが、それでも油断できない。いざ、生活の中で着てみると、とたんに違和感を覚える。買っては失敗し、また買っては失敗し、失敗を繰り返した末に、たまにお気に入りのシャツが一枚見つかる。服とは元来そういうものなのかもしれない。

 ごく稀に、運命と呼びたいくらい自分の追い求めていた服とめぐり逢うことがある。好きだからこそ頻繁に着る。ヘビーローテーションするに連れて、洗う回数も増える。そして、あっという間に別れの時が来る。

 服の寿命が来るのは心底かなしい。物にもよるが、例えば夏場に着るTシャツの場合、劣化の速度は凄まじいものがある。かつて一生涯着続けると誓ったTシャツは三年もたなかった。

 せっかくおびただしい数のハズレ服を通って、やっと見つけたお気に入りの服が、たったの二、三年でバイバイだなんて、むなしくないだろうか。運命の服に出会っても、共に添い遂げることはほぼ絶望的だ。同じものを買おうと店に行っても、もう在庫は残っちゃいない。

 だったらコピー機がほしい。服のコピー機だ。最新の箱型ガジェットに服を突っ込めば、まったく同じ大きさ・色・形の新品の服が出て来る。3Dプリンターが市販されているこの時代に、それくらいの製品が発明されてもいいのではないだろうか。いや、失礼を言った。書いていて、どれだけの贅沢を望んでいるのか、身に染みてきた。仮に技術的に可能だとして、その服に使用されている材料に近いものを消費者が用意できるわけもない。

 それなら、服のコピーサービスはどうだろうか。服のコピー専門店に服を持ち込めば、店側で材料など調達してくれて、お客は代金を支払うだけでいい。もちろん、高くつくだろう。しかし、その服を購入したときの倍の値段であっても、十分にペイするのではないか。お気に入りの服ともう一度やり直せるのだから。結婚離れが加速するこの時代、せめて一生を誓えるシャツとくらいは、結婚させてほしいものである。

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