西部湯瓜のshow論文

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『ある朝、突然スーパースター』映画レビュー

<ネタバレあり>
 
惜しい映画だった。複数のテイストがごちゃごちゃと混ざっていて、やりたい方向性が定まっておらず、観ていてスッキリしない。ドキュメンタリ風味なリアリティに行く方向性に振り切るか、「世にも奇妙な物語」や「ブラック・ミラー」的な方向性に振り切るか、そこをはっきりさせた方が良かった。せっかく一般人の「有名になりたくない権利」をテーマとしていて、これは社会派の良い映画になる可能性があったのだから。
 
まずは映画の簡単な紹介を。
マルタンという男性がマスコミで寵児になり、TVに出演することに。彼に何が起きたのか。43歳のマルタンはリサイクル会社で働く平凡な男性だが、ある朝通勤電車で大勢の乗客から自分の画像や動画を撮られる。さらに、彼が行く先々でも同様の事態が次々と発生。TV局で働く女性フルールはマルタンに味方すると約束するが、実はマルタンを興味本位で取り上げるつもりだ。大衆のマルタンに対する興味はとどまることを知らず……。(WOWOW公式HPの紹介文より)
 
主人公の一般男性がある朝通勤電車に乗ったら、有名人になってしまう。男性は慎ましい生活をしたいだけなのに有名人となってしまい人生が狂い始める。そんなストーリなのだけど、てっきり原因は一般男性がちょっとした人助けとか善行をして、それがネットに取り上げられバズったのだろうと予想していた。これは現実にも起こり得ること(似たようなケースはすでに日本でも実例があるし)。ところが、そうじゃなくて、原因自体が無かったのだ。始まりは何の前触れもなく急に車内でスーパースターになってしまう。これには面食らった。「世にも奇妙な物語」的な方向性だからだ。ところが、続くエピソードの中で、「有名人になんてなりたくない一般人」の心境・悩みを丁寧に描き出す。観ているこちらは、一般人の「有名になりたくない権利」について深く考えさせられる。そして、主人公のドキュメンタリ番組を作ろうと奔走するテレビ局内の人間ドラマもきちんとしたクオリティ。作者の真摯な眼差しを感じるものだった。これはやっぱり真剣な社会派映画なのか?と、そう思い直した。ところが、有名人となった主人公は、ある日なんの前触れもなく一般のおばさんから攻撃を受ける。それに対して反撃した様子が動画に撮られ、それがネット上で拡散し、主人公はスターから一転、犯罪者のように扱われることになる。このあたりでまた「世にも奇妙な物語」の方に戻ってしまった。リアリティ持って描くなら、あんな些細なことで犯罪者扱いはされない。主人公は、何も被害を受けていない他の一般人から靴は投げられるし、集団リンチでボコボコにされかける。いくら大衆が空気に流されやすいと言っても、さすがに直接的な暴力までは振るわない。それこそ犯罪者になる。なんのために大勢の普通の人がリスクを背負って犯罪行為に走るというのだろう(ネットでの誹謗中傷みたいな本人が犯罪の自覚なく石を投げる行為ならまだ分かるけど)。ここでまた「世にも奇妙な物語」的な方向性に戻ってしまった。しかもサイドストーリーでは、マスコミで働く人たちの恋愛模様も無駄に丁寧に描いている。「食後にデザートは当たり前でしょ」と言うような涼しい顔で。必要性が全く分からない。
 
この映画は、本来きちんと描くべきメインの部分がおざなりで、他のディテールは何故だか、やたら真剣。僕にはそう見えた。テレビ局の奔走ぶりや人間模様を見る限り硬派なドラマの雰囲気なのに、ストーリーの肝心な部分が「世にも奇妙な物語」的。食い合わせが悪いのだ。白ご飯のうえにショートケーキを載せて、かき混ぜたような、そんな映画だった。
 
西部湯瓜Twitter@save_yuri